2016年01月29日

100羽のキジたちを粛清(処刑)

通常であれば、12月に200〜300羽のキジを処理していたんだが、暖冬てなことで脂の乗りが今一つであり、延び延びにしていた。
先般の寒波で、キジたちにも異変があったかどうか試してみた。
抱きかかえてみると。ウ〜ム、まずまずと感ずる。
てなことで、女房に応援を求め、大きい奴(オスのみ)100羽を処理することにした。北朝鮮で言う粛清てなことである。
P1000233キジ.jpg
嫌じゃ・嫌じゃと、泣き叫ぶキジたちを取らまえては籠に入れていく。
処刑場(食鳥屋さん)に行く。キジたちは覚悟したんだろうか、眼をつむり首を差し出す。首の動脈を切り、血抜きでキジは絶命する。63℃のお湯に漬け、脱毛器で毛を抜く(僅か1分間でツンツルテン)。
専用の包丁を持ったおばちゃま達が、内臓を取り出し冷蔵庫の中へ。肉が冷えたところで解体作業となる。
それをクールな目で見ているおいら、人でなしではてな思いがする。
本日のテレビ・新聞のニュースのトップは、甘利経済再生相の辞任劇である。
辞任会見で「いい人とだけ付き合っていると選挙落ちちゃう」とか「秘書のせいと責任転嫁することはできない、それは政治家の美学、人間の生きざまに反する」との台詞。
キジたちに言わすれば「おいらたちの美学でいけば、大臣辞任は勿論、議員辞職も有りだっ。事によっちゃ〜ぁ切腹だぜっ。それも十文字切りだよっ」。
その昔、田中正造(栃木県生まれ)と言う人あり。明治10年頃に自由民権運動家として、栃木県議会の指導者となる。明治23年、衆議院議員に当選。そのころ農作物や魚に大きな被害を与えていた足尾銅山の鉱毒問題を、再三国会でとりあげるも、改善が見られず、ついに明治34年に天皇に直訴した。天皇への直訴は、当時の刑は死刑である。正造は命を賭けて行動したのであった。この事件で、ようやく足尾銅山問題が、全国に広まることになったそうな。
最期は、財産はすべて鉱毒反対運動などに使い果たし、死去したときは無一文だったという。
現在でも、政治家の鑑として言い伝えられている。
天国の田中正造、この件を見て、何と言い放つであろう。「言うに及ばず」と、肩を震わせ涙を流したことであろう…。
   指導者は 言い訳無用 腹を切る
posted by 松つあん at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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